私が AI に指示することは、ほとんどなくなりました。やり方も、手順も、計画も、念押しも、ダメ出しも。それで品質が落ちたかというと、落ちていません。このシリーズは、その状態を仕組み一つずつで作っていく連載です。

先に、読み方を書いておきます。この連載は、読むだけで追えます。各回は、現場で何が起きたかから始まり、何を置いて、何がなくなったかまで続きます。各回の終盤に「検証手順」という節がありますが、読み飛ばして構いません。自分の環境で試したくなったときに、戻ってくれば足ります。

まず一つだけ、数えてみてください。直近のセッションを上までスクロールして、あなたが打った言葉だけを拾います。何回ありましたか。そのうち、言わなくても AI がやることは何本あるでしょう。

まだ AI と一緒に開発していないなら、数える対象が無くて当然です。ここから先は、私の手元の指示ファイルが 2 回減った話から始まります。自分の数字が無くても、そのまま読めます。

指示ファイルは 2 回、自分で減りました

前作の序論で、指示ファイルは足すほど薄まると書きました。私の手元の指示ファイル(CLAUDE.md)も、そのとおりに増えました。git の履歴で行数を全部追うと、同じ曲線を 2 回描いています

2 月に 85 行から 99 行まで増え、ある日 52 行に落ちます。そこからまた増えて 119 行、ある日 81 行に落ちます。そしていま 102 行。

落ちた 2 日には、共通点がありました。どちらも、指示ファイルを削ったのと同じコミットで、機械が守る側に手を入れています。 1 回目はコミットメッセージの hook を運用向けに整えた日、2 回目はデザインのラチェットを CI から pre-commit hook へ移した日です。どちらもコミットメッセージは chore: で、狙ってやったとは書かれていません。

つまり、ファイルに常駐している指示は、数えられるので減ります。行数が出るし、増えれば目に付きます。

数えられていないのは、もう一方です。毎回、私が打っている言葉。

こちらには行数がありません。ファイルに残らず、セッションが終われば流れていきます。増えても誰も気づきません。だから、減る日も来ません。冒頭で数えてもらったのは、そちらです。

前の 2 つの連載は、AI の言動への反応をやめた話でした

この連載は 3 作目です。

  • 1 作目「読まない技術」: AI の出力を、読まなくて済む形にした
  • 2 作目「AIの意見を聞かない技術」: AI の提案・判断を、二度検討しなくて済む形にした
  • 3 作目(本書): 人間の入力を、言わなくて済む形にする

前 2 作を読み返して気づいたことがあります。あそこで私が言わなくなったものは、全部「AI が何か言った・した・提案した」ことへの反応でした。作業中の指摘、却下の理由、違反かどうかの相談、確認依頼への返事。一つずつ仕組みへ移しました。

残っていたのは、最初に渡す言葉だけです。

一文だけ、説明していないものが残りました

1 作目の最終回に、こう書きました。方針を検討するとき以外、私が AI に入力する言葉は、ほぼ次の 2 文だけです、と。

次の作業を進めてください

ここまで不足点はないですか?確認して不足点がなければ次のセッションに引き継いでください

2 文目には、1 回ぶん丸ごと使って説明を書きました。なぜ自動化しないか、何を拾うか、網の目が粗いこと。

1 文目には、それがありません。 「人間が作業の中に口を挟まないという約束です」という 1 行を添えただけで、その先——なぜ具体的な指示なしで仕事が進むのか、モデルが自分でやることは何で、人間が渡すべきものは何なのかは、2 作 28 本を通して一度も説明していませんでした。

このシリーズは、その抜け穴を埋める 12 回です。

短く書きましょう、という話ではありません

減らすのは指示です——手順、禁止、検証の依頼、念押し、戦略の助言。増やすのは前提で、こちらは前より多く書いています。私しか知らないこと、この環境でだけ起きること、越えてはいけない境界。判定軸は長さではなく、モデルが自力で得られるかどうかです。

うまくいっている人ほど、教えると再現しません

もう一つ、この連載を書いた理由があります。

自分ではうまく回っているのに、人に教えると同じようにならない。心当たりはないでしょうか。理由は単純で、うまくいっている人の成果は、その人が「言わなかったこと」から出ているからです。

ところが教えるときに渡せるのは「言ったこと」だけで、言わなかったことは教材に写りません。渡された側は空いた場所を一般的な推奨で埋めます——具体的に指示する、検証させる、間違いは指摘して直させる。どれも真っ当な助言で、この連載が外していくのは、まさにそれです。教えると劣化するのは、教える過程で入力が増えるからです。

だから各回は「〜を言うな」で終わりません。言う代わりに何を置くかを必ず 1 つ書きます。置き換え先のない禁止は、守られないか、丸投げになるかにしかならないからです。

舞台は前 2 作と同じ、typingtube という、YouTube の音楽動画でタイピング練習ができる Web サービスです。個人で運営していて、本番で動いています。

⚠️ 先に一つ断っておきます。これは 1 人の現場の記録です。 複数人のチームでは、計画もレビューも他人に向けた通信なので、自動テストに置き換えられない部分が残ります。前 2 作を読んでいなくても入れます——各回の冒頭に、前作で書いたことを 1 行だけ置くので、そこだけ読めば足ります。順に読むなら 1 作目からですが、要件ではありません。

シリーズの構成

各回はファイルやスクリプトを一つ置けば完結します。全部を今日置く必要はありません——冒頭に、自分の環境で症状を確かめる操作を置いてあるので、症状が出ている回から拾ってください。


次回は一番手前の話から。私は、AI に検証を頼むのをやめました。頼んでいた頃と、品質は変わっていません。

連載「言わない技術」