は AI の提案を、新機能の案も、改善案も、代替案も、検討しなくなりました。却下を覚えない AI に、同じ判断を毎回説明し直すのをやめたからです。連載「AIの意見を聞かない技術」は、その状態を仕組み一つずつで作ってきた記録で、この記事が最終回です。各回の仕組みは序論の一覧からたどることができるので、初めての方はそちらからどうぞ。
この記事のタイトルには、9 つ目の技術として「選択肢を選ばない技術」を書きました。
ただし、この 9 つ目の技術だけは、が置いた覚えがありません。
ここまでの 8 回は、読んできた方には別々の問題に見えていたと思います。第 1 回から順に、却下を 1 枚のファイルに集める、禁止事項(開発のときに許さないと決めたルール)に理由を書く、禁止事項の適用範囲を判定軸(実績や統計を数える系統)で割る、サブエージェント(メインの会話を引き継がずに別に立ち上がって働く AI)に渡すものを決める、禁止事項を自動テストに移すものと移さないものに分ける、目視確認の代わりにスモークテスト(実際のブラウザで主要な操作を最後まで通すテスト)を置く、訂正を仕組みに任せる、書き溜めたものの件数を数える、の 8 つです。実は 8 つとも、一つの流れの中の、違う階層の話でした。
一つの気づきが、階層を上がっていく
の手元では、AI とが書き溜めるものが、次の 3 つの階層に分かれています。
気づき(AI が書き溜めるメモ)
↓ 共有が要るなら
判断軸(結論 / 理由 / 適用範囲)
↓ プログラムが真偽を決められるなら
仕組み(自動テスト・hook)
各回は、この図のどこかの階層を扱っていました。第 2 回(理由)と第 3 回(適用範囲)は 2 つ目の階層にある判断軸の書き方、第 1 回は判断軸をどこに置くかです。第 5 回は判断軸を 3 つ目の階層へ上げることができるかどうかの判定、第 4 回は 3 つ目の階層の hook(コマンド実行などの直前・直後に割り込むスクリプト)が、サブエージェントの起動の前に確かめる契約(渡すもの・使わない場面・越えてはいけない境界)、第 6 回は 3 つ目の階層のうち、画面でしか確かめることのできないものの合否を、プログラムが決めるスモークテストです。第 8 回は、判断軸を集めた一覧が毎回は読み込まれないので、件数のために整理しなくてよいことでした。
そして第 7 回は、この 3 つの階層に書いたものが働いている間に、人間が何を言わずに済むかの話でした。
気づきは、1 つの階層ずつ上がります。
あなたが今日できるのは、二度目に断った提案 1 件を、1 つ目の階層に気づきとして書くことだけです。その気づきは、同じ提案がまた来た日に 2 つ目の階層の判断軸に上がり、守られているかどうかをプログラムが決めることができると分かった日に、3 つ目の階層に上がります。の手元で判断軸として書いた禁止事項 17 件のうち、3 つ目の階層まで上がったのは 4 件で、10 件は 2 つ目の階層に留まっています。残る 3 件は、3 つ目の階層へ上げることができるかどうかを、まだ判定できていないか、まだ書いていないものです。3 つ目の階層まで上がったのが 4 件でも、の手元では、それで足りています。
なぜ、同じ提案が来続けるのか
前作「読まない技術」の最終回には、次のことを書きました。AI は応答のたびに、指示もメモもツールの出力も目の前のタスクも、一つの作業記憶(コンテキスト)に入れて読み、次の操作を決める瞬間に届いているものに従って、次にすることを決める、ということです。
Claude Code のドキュメントが書くとおり、セッションはそのたびに、まっさらな状態から始まるので、前のセッションでが断ったことは、次のセッションの作業記憶には届いていません。の手元では、次のセッションのAIが、前のセッションで断ったのと同じ提案をしてきました。人間が「一度断った」と思っている提案も、作業記憶に届いていなければ、AIにとっては毎回が一度目です。だからは、「今度こそAIに覚えさせる」のをやめて、断った判断をAIの外のファイルに書いておくことにしました。
ファイルに書いた判断は、次のセッションにも届きます。同じ提案がまた来ても、書いた 1 件で断ることができます。の禁止事項の一覧は、17 件のままです。
二度目に断ったときに書くという決め方は、Claude Code のドキュメントにも出てくる決め方です。このドキュメントは、次のセッションにも渡る決めごとを足す場面として、同じ誤りを 2 度目にしたとき、同じ訂正を前回も打ったときを挙げています。どちらも、二度目になって初めて当てはまる条件です。
前作の第 2 回では、メモリへの 1 回の保存は、そのあと毎回払い続けるコストだと書きました。この記事と逆のことを言っているように見えますが、前作の第 2 回は出来事を溜める話で、この記事は判断を集める話です。同じ提案が何度も来る判断だけは、書いておくほど、が同じ判断をし直す回数が減ります。
別々に見えていた回に、共通点があったこと
回をまたいで、同じ言葉が何度も出てきました。書き進めるうちに、回どうしの共通点に、があとから気づいたからです。
- 「AI は却下を覚えない。毎回が一度目」——序論の前提も、第 1 回で測った内容も、全部この一つの性質から出ていました
- 「結論だけでは判定できない」——禁止事項が引用されたときに理由が落ちたこと(第 2 回)と、適用範囲が判定軸で割れていないこと(第 3 回)は、同じ問題の別の面です。どちらも、禁止事項の一行だけを見た人が、ある変更が禁止に入るかどうかを判定できない状態です
- 「書かないことを、書いておく」——これは今作で見つけたものです。第 5 回の「機械検証: なし」(自動テストにしないと決めた禁止事項に書く目印)と、第 3 回で禁止事項に添えた解除の条件が、これに当たります。何も書かないことと、「なし」と書くことは、別のことです。まだ決めていないことと、決めたのに書かなかったことは、どちらも何も書かれていないので、半年後のには区別が付きません
- 「本人に聞くのは測定ではない」——第 1 回と第 2 回の検証手順が、どちらも「別のセッションで」と条件を付けているのは、このためです
前作から持ち込んだ 5 つのパターンは第 7 回にまとめてあります。上に並べた 4 つは、今作を書いている間にが気づいたほうです。
共通点が見つかると、が足す仕組みは小さくなります。新しい問題が出たときにがするのは、既にある見出しの書き方を一つ決めることだけです。
死角は、全部そのままです
各回では、置いた仕組みの死角も書いてきました。
- ファイル名が AI に見えていても、AI がそのファイルを開くのは、開くほどの用事があると判断したときだけです(第 1 回)
- 禁止事項に理由を書いても、禁止事項が引用されたときには、理由が落ちていました(第 2 回)
- 適用範囲を判定軸で割ると、判定軸の組み合わせが増えます(第 3 回)
- 用途カタログ(サブエージェントに任せてよい仕事と、起動前に用意しておくファイルの一覧)に契約を詳しく書いても、hook の判定のうち用途名の宣言は、名前を書くだけで通ります(第 4 回)
- 禁止事項のうち、自動テストに移すことができるのは半分以下です(第 5 回)
- スモークテストを置いても、何をスモークテストで確かめるかを決めるのは AI で、AI は演出のロジックまで、スモークテストだけで確かめていました(第 6 回)
- 訂正の代役になる仕組みが無い場所でが黙れば、それはただの放置です(第 7 回)
- 禁止事項の一覧は、開いたときには、相談に関係しない項目まで全部がコンテキストに入ります(第 8 回)
どの死角も、そのまま残しています。死角を残したままで足りているのは、仕組みが取りこぼした提案も、二度目にまた来るからです。
一度目にが書き残さなかった提案は、まだ 1 回しか来ていないだけです。繰り返す種類の提案なら、AIはまた同じ提案をしてきます。は、そのときに書けば間に合います。前作の最終回は、どの仕組みでも止まらなかった不足を最後にAIに探させるために、「不足点はないですか」と問う一言を置きました。今作では、同じ提案を繰り返すという、厄介だったはずのAIの性質が、その一言の代わりになっています。
選択肢を出されても、選んでいません
前作の最終回は「方針を検討するとき以外、がAIに入力するのは、ほぼ次の 2 文だけです」と書きました。嘘だろう、と思った方もいたはずです。選択肢を出されたら選ぶでしょう、と。
AI は、実際に選択肢を出してきます。それも、よくあることです。
そしては、選ぶ代わりに「次の作業を進めてください」と返しています。AI は自分でどれかを選んで進み、はそのまま進ませます。
それでも開発が壊れないのは、AI がどれを選んでも、壊れる側の変更は、先に置いた禁止事項や自動テストが防いでいるからです。
Anthropic は、プロンプトの書き方として、日常的な判断はモデルの側で決め、依頼の読み方の違いが仕事の中身を大きく変えるときだけ人に確認するという形を示しています。
AI の側から人に聞く進め方も、はじめから用意されたものです。Claude Code の best practices は、大きな機能ではAI の側から人に質問させて、難しいところを先に掘れと勧めています。違いは、決めることを、AI が先に人から聞き出すか、人が先に環境へ置いておくかです。どちらのやり方でも、まだ決めていないことが、作業の前に減ります。
が選んだのは、環境へ置くほうでした。仕組みを 1 つ置くたびに、まだ決めていないことが 1 つ減ります。たとえば、がテストの入口(テストのコマンドが必ず通る場所)を 1 本にすると「どう走らせるか」が、却下を 1 枚のファイルに集めると「作るか作らないか」が、適用範囲の境界を 1 行書くと「どっちの判定軸で数えるか」が、それぞれ決まります。どの仕組みも、置いた目的は、選択肢を減らすこととは別のところにありました。選択肢が減ったのは、その副産物です。しかも、同じ場面で毎回出ていた選択肢が、まとめて減ります。
2 つの連載で積み重ねた仕組みでが作ったのは、AI から選択肢が出てきても、その選択を安全に放棄できる状態です。選択肢そのものは、いまも出てきます。
この状態は、の計画書の記録にも出ています。計画書 72 ファイルの中で、「ユーザー確定」「ユーザー判断」「ユーザー指示」と書かれた回数は、532 回です。方針は、が決めています。が決めきれなかった方針は、「判断待ち」という節に、13 本ぶん溜まっています。では、手順の選択肢はどうかというと、計画書のどこにも残っていません。が答えずにいるあいだに、AI が自分で選んで先へ進んだからです。
だから、この記事のタイトルにある 9 つ目の技術は、が 8 つの技術を置いた結果として、いつのまにか出来ていました。には 9 つ目の置き方を説明することができないので、あなたに渡すことのできる技術は、8 つのほうだけです。
それでも残る選択肢が、まだ決めていないことの一覧になる
とはいえ、AI に選ばせずに、が見ておいた選択肢もあります。
第 1 回の測定では、が一度断った提案を AI に投げました。その提案を断った AI は、最後にこう返してきました。「実測を先に進めるか、設計の見直し案を出すか、指示をいただければ」。
は最初、この選択肢を、仕組みの死角だと思いました。違いました。
AI が選択肢を出した場所を見てください。
選択肢が出たのは、禁止事項に解除の条件として「ユーザー理解が追いつかないと確認できた場合のみ再検討」と書いた、その条件を満たしたあとの場面です。条件を満たしたら何をするかは、誰も一度も決めていません。選択肢は、正しく出ていました。
同じ測定で、このAIは、こうも書いてきました。
「運営者ご本人の判断で覆すことはできますが、数値を直接いじらず改訂フローに乗せてください。そうしないと、次のセッションのが同じ変更を差し戻します」。
どちらの返事も、が一度断った提案を投げて、AIの行動を見る測定の中で出てきました。測り方で守ることは、一つだけです。仕組みを外すと決めるのも、置くと決めるのも、AIの行動で確かめるまでは仮説です。AI本人に「この仕組みは効いていますか」「この指示は要りますか」と聞くのは、測定ではありません。
AI が出してくる選択肢は、がまだ決めていないことを指しています。仕組みが増えるほど、が選ぶ場所は減り、残った場所だけが、本当に人間の判断が要る場所になります。前作の最終回が「方針を検討するとき以外」と括り出した例外の中身は、これでした。断った提案は禁止事項の一覧に書いたので、例外の中に残ったのは「まだ一度も決めていないこと」だけです。
仕組みを置くほど、選ぶ場所が減る。減らなかった場所が、まだ決めていないことの一覧になる。
一度だけ、聞いています
最後に白状します。今作のタイトルは嘘です。
は、AI の意見を一度だけ聞いています。
禁止事項の一覧の 17 件は、どれも、AI が提案してきたことをが断った記録で、AI の意見を聞いたから書くことができたものです。「先回りして考えた禁止は 1 件もありません」と各回で繰り返してきたのは、そういう意味でした。提案は情報で、断ることは判断で、書き残した判断が仕組みになります。禁止事項の一覧を作ることができるのは、この順番だけです。
がしていたのは、同じ提案を一度目だけ聞き、二度目からは聞かないことでした。
一度目の提案は、がまだ判断していないことについての情報です。二度目からは、判断がもう済んでいて、に求められるのは、同じ結論を出し直す作業だけです。人間が判断に使うことのできる時間には限りがあり、二度目以降に同じ判断をし直していた時間は、まるごと無駄でした。
前作は「必要なところは全部読みました」で終わりました。今作も同じ形です。必要なところは、全部聞いています。
結論
AIの意見を聞かない技術は、一度した判断を二度しないための技術です。
がやったことは、前作と同じでした。うまくいかない問題を一つ見つけ、なぜうまくいかないのかを理解し、仕組みを一つ置き、その仕組みが働くかどうかを、わざと失敗させて確かめることです。扱うものが、AIの出力からAIの提案へと一つ上がっただけで、やり方は前作のままです。
今日は、二度目に断った提案を 1 件だけ書いてください。それを書いた瞬間から、あなたはその判断を、書いたものに任せることができます。
そうやって書いた数だけ、あなたが選ぶ場所が減っていきます。9 つ目の技術は、その結果として、あとから出来てくるものです。
各回の仕組みの置き方は序論の一覧からどうぞ。今作の仕組みを使ってが作ったものは、typingtube で動いています。そこに並んでいるのは、同じ提案を断り直していた時間が減ったぶんで作った画面です。
連載「AIの意見を聞かない技術」
- ← 前回: 第 8 回 ルールを整理しない技術
- 全回の一覧: 序論 断ったはずの提案が、また来る