この記事は、連載「AIの意見を聞かない技術」の第 8 回です。各回はファイルやスクリプトを一つ置けば完結します。連載の全体像と各回の一覧は序論にあります。

今回は、ここまで置いてきた却下の一覧そのものの話です。断った提案を、開発のときに許さない禁止事項として書き溜めてきた一覧のことです。断るたびに書き足していったら、これもいつか、読まれない文書になるのではないか。当然の心配です。前作「読まない技術」の序論は「ルールは足すほど薄まる」から始まりました。禁止の一覧だけが例外だという、都合のいい話はありません。

前作の第 7 回で、並列で走るセッションが共有するメモリを、私は整理していないと書きました。同じことが、却下の一覧でも起きます。ただし、整理しなくて済む理由は、あちらとは別でした。

まず一つだけ、数えてみてください。あなたの禁止事項や方針の数と、3 か月前のその数です。増えていますか。

CC BY 4.0

数えたら、片方だけ増えていました

私の手元の本番プロジェクト——typingtube という、YouTube の音楽動画でタイピング練習ができる Web サービスです——には、3 つの階層があります。AI が書き溜める気づきのメモ、そこから格上げした公式の禁止事項、そして自動テストに移した分。数えるとこうでした。

  • 気づきのメモ全体: 89 → 91 件(前作の第 2 回を書いた時点から、増えている)
  • 行動ルールとして分類されたもの: 43 件のまま
  • 公式の禁止事項: 17 件で止まっている

正直に言うと、この回を書き始めたとき私は「どれも増えていない」と思っていました。数えたら下の階層は増えていて、書こうとしていた主張のほうが間違っていました。

でも、上に行くほど止まっているのは本当です。しかも、行動ルールを最後に更新した時期で並べたときに、止まっている理由が分かりました。3 月に 10 件、5 月に 25 件、直近の 8 月は 8 件。そしてその 8 件は、1 件を除いて全部「仕組みの話」でした。「こういう自動テストを置いた」「この hook がこう効いた」——新しい気づきが積まれているのではなく、気づきが仕組みへ向かっている途中の姿が書き残されていたということです。

理解したことは一文にできます。

上の階層ほど、書くものは増えない。だから整理が要るのは下の階層だけで、上の階層は放っておいていい。

なぜそうなるかは単純です。下の階層に来るのは出来事で、出来事は無限に起きます。上の階層に来るのは判断で、判断の種類は有限です。同じ抜け穴を見た AI は同じ提案をするので(序論で書いたとおりです)、提案の回数は無限でも種類は収束します。私の場合、そこが 17 でした。

仕組み: 「置かなかったもの」の一覧を持つ

一覧を増やさないために置くのは、置かなかったものの一覧です。禁止事項の対応表の末尾に、こういう節を 1 つ作ります。

## 効くが、いま破られていないので入れていない

- インデックス名の決め打ち
- ページネーションの noindex
- 使わないと決めた言い回しの混入
- 特定クラス名の使用

すでに自動テストへ移した 8 件を運用してから、これらの要否を見る。

これだけです。効果は二つあります。

一つ、思いついた禁止の行き先ができること。行き先が無いと、思いついたものは本編に足されます。ここがあれば、「効きそうだが、まだ破られていない」を保管できます。

二つ、破られていないという事実が記録されること。半年後にこの一覧を見て、まだ破られていなければ、それは書かなくていいものだったという証拠です。

判定の基準は第 5 回と同じで、その失敗が今も再現するかです。逆側の失敗も、言葉にできます——一度のつまずきを恒久ルールにすると、次のセッションは、そこに無い抜け穴を避けて歩くことになる

これは前作の序論に書いた「失敗する前に先回りして置くと、うまくいかないことが多い」と同じことです。私は前作でそれを勘だけで書きましたが、上の 4 行は、その勘が 4 件ぶん実行された記録でした。

前作で書いたことを、一つ訂正します

前作の第 7 回で「同じ対象のメモは一つに統合する」と書きましたが、行き過ぎでした。 正しくはこうです——働いている重複は、除去すべきものではない。統合してよいのは、重複した記述が実際に食い違っているときだけ。

私の環境がそうなっています。禁止事項の一覧と気づきのメモには、同じ内容が両方に載っている項目があります。役割が違うからで、メモには個別の気づきが、一覧には公式の判断軸が載る。対応表で紐づいてさえいれば食い違いません。統合していたら、経緯のほうが消えていました。

CC BY 4.0 はここまで

整理しなくなったもの

禁止事項の一覧そのものです。定期的に全文を読み返して、古いものを探し、重複を統合する当番仕事がありません。増えないので、発生しません。読み返す代わりにやっているのは数えることだけで、3 つの階層の件数を見て、上の階層が止まっていることを確かめます。

CC BY 4.0

注意: 止まって見えるのは、上がってこないだけかもしれない

この回でいちばん危ないのはここです。増えていないから健全だ、とは限りません。

格上げの経路が壊れていても、数字は同じように止まって見えます。私が「増えていない」と思い込んでいて、実際には下の階層だけ増えていたのは、まさにその状態でした。数えるのは上の階層だけでなく、必ず 3 つ並べてください。下が増えて上が止まっているなら健全、下も上も止まっているなら、たぶん誰も何も書いていません。

もう一つ。書いたものは、増えなくても中身が合わなくなります。

第 1 回の測定で、私はサブエージェントから、依頼していないことを教えられました。一覧にはコストが固定値のように書いてあるが、実際の計算式では条件によって幅があり、書いてある数字はその一点でしかない、と。一覧に書いた数字のほうが、実装から取り残されていました。 面白いのは、同じ測定でもう 1 体が当たった禁止のほうは、ずれていなかったことです。あちらには自動テストがあり、こちらには無い。「機械検証: なし」の項目は、誰も見ていないぶん、黙って実装から離れていきます第 5 回)。

検証手順: 3 つ並べて数える

前提

  • 3 つの階層が置き場所として分かれていること——AI が書き溜める気づきのメモ、そこから分類した行動ルール、公式の禁止事項
  • ⚠️ 1 回目は比べる相手がいないので、判定できません。 この手順は、数えて記録し、次に数えたときに比べるものです

所要時間: 5 分

手順

  1. あなたが、3 つの件数をその場で数えます。ファイル数でも項目数でも構いませんが、次回も同じ数え方にしてください(数え方をメモに残します)
  2. あなたが、前回の値と並べます(初回は記録して終わりです。次回は 1 か月後で足ります)

見るところ(合否ではなく、3 つの増え方の組み合わせで分かれます)

  • 下が増えて、上が止まっている —— 健全です。出来事は無限に起き、判断の種類は有限だからです
  • 上も下も止まっている —— ⚠️ 上へ上がる経路より先に、書き込みの経路を疑ってください。 誰も何も書いていない可能性のほうが高い状態です
  • 上も下も同じように増えている —— 上げるかどうかの判定が働いていません。一度きりの出来事が、そのまま公式の禁止事項に上がっています

後始末

  • 要りません。数えるだけで、何も壊しません

数えるのは数分です。読み返すより多くを拾います。


CC BY 4.0 はここまで

次回は最終回、「選択肢を選ばない技術」です。

連載「AIの意見を聞かない技術」